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【ちょっぴりネタバレ】竹本健治『涙香迷宮』【書評】

※注意

この記事には「作品の『前半』までのネタバレ」が含まれています。

 

 

今回は本格ミステリーの話である。

竹本健治『涙香迷宮』を読了したのでその書評だ。

 

涙香迷宮 (講談社文庫)

涙香迷宮 (講談社文庫)

 

  

書評というと堅苦しく聞こえるが、「書を評すると書いて書評だ!文句あっか!」という感じの精神で、好き勝手に書いていきたいと思う。

 

〇前書き

また、本格ミステリーを評価する際に問題となるのが"ネタバレ"である。作品の肝となるトリックや真相などに言及する場合には、タイトルにて【ネタバレ】と断ることが必要となる。そうすることで作品について深い話はできるが、未読のひとは基本的にそのブログを見ることはできない。

 

しかし、本ブログの筆者はミステリーの話をするどころか、面白いと思った本をまともに勧めることのできる友達もいないかわいそうな奴なので、ネットの海に漂う、まだ見ぬ「ともだち」に向けた文章を書くことにする。よって、肝心な部分のネタバレは避けることにした。

 

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ネットを漂う「ともだち」のイメージ。優しそうですね


しかし、僕個人はあらすじに書いてあるような基本的なことすらも一つのネタバレとして扱う人間である。文庫裏のあらすじや目次なども見ない。その方が作品の「すべて」を楽しめるからだ。そんな人のためにタイトルには【ちょっぴりネタバレ】と付し、具体的に作品のどの範囲のネタバレが含まれているのかを明記することとした。

主に未読の人に紹介する文章だが、既に読んだ人にも見てもらいたい。そしてあわよくば友達になっていただきたい。

 

〇買いました

さて、本題である。

竹本健治の『涙香迷宮』。2017年のミステリー界において、これほど話題となった作品もないだろう。かくいう僕もずっとチェックはしていたのだが、ハードカバーには金銭的に手が回らず……文庫化の報せを聞いて小躍りしたものである。

 

それから半年ほど経ち、例の『黒死館』ショックのあとしばらく読書への熱意を失っていた僕は、ちょうど読むものがなかった東京旅行中、渋谷の書店にて運命的な出会いを果たしたのだ。新刊見て、ノータイムで買ったのは実に久し振りだった。

 

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囲碁界では有名な老舗旅館で発生した怪死事件。IQ208の天才囲碁棋士・牧場智久は謎を追いかけるうちに明治の傑物・黒岩涙香が愛し、朽ち果て廃墟になった茨城県の山荘に辿りつく。そこに残された最高難度の暗合=日本語の技巧と遊戯性をとことん極めた「いろは歌」48首は天才から天才への挑戦状だった。

講談社文庫版『涙香迷宮』より)

 

僕としては、竹本作品は『囲碁殺人事件』 『将棋殺人事件』に続き3冊目。どちらもゲーム趣味が豊富に用いられた、一筋縄ではいかない見事な本格ミステリーだったため、同じ牧場智久シリーズとして期待がかかる。

 

また、僕は暗号ミステリーというものにそれほど馴染みがない。読んだのは乱歩の「二銭銅貨」と島田荘司の「ギリシャの犬」くらいだろうか?暗号ミステリーという大きな山のふもとにいながら、その「到達点」へといきなり登ってしまっていいものなのだろうか……。

 

まあ、読むんですけど。

 

〇読みました

読み始めた。相変わらず均整な、読みやすい文章である。

 

……あれ?

 

智久くん、大きくなってる!?

 

囲碁』『将棋』では「天才『小学生』囲碁棋士」だった探偵役・牧場智久だが、シリーズを跨いだせいか、いつのまにか高校生になっていたので驚いた。しかも若くしてプロとして大成し、本因坊にまで上り詰めているという。よくわからないけどすごい。

 

さらに、彼女の剣道少女でミステリーマニアの武藤類子や、彼女の同級生のミステリ研の面々も個性が際立っておりとても良い。特に類子は本作でかなり重要な役割を果たしている。一方、須藤順一郎や牧場典子の出番は完全になくなっていた。シリーズの順番通りに読まなかったのが少々悔やまれる。

 

牧場智久シリーズでは智久をはじめ、多数の天才が登場する。しかし、彼らに「現実的な知性」を感じられるところが、竹本作品の魅力の一つだと僕は思う。「ああ、実際に頭のいい人ってこういう話し方するよな」という感じだったり、周囲に持ち上げられた時の謙遜の仕方だったり、キャラクターがとにかくリアルで嫌みがない。これは竹本氏が実際にそのような人たちと多く接してきた経験から生まれるものなのだろう。

 

竹本氏の経験が大きく反映されている部分としてはもう一つ、ペダンティックに展開されるゲーム趣味の数々が挙げられる。「三部作」の囲碁、将棋、トランプをはじめ、牧場智久が登場するシリーズでは知的ゲームがよく題材とされ、そこに隠された謎が殺人事件の謎と絡み合い、互いに紐解かれていく。

 

もちろん、本作でも連珠(公式ルールに則る、いわゆる五目並べ)をはじめ、多数のゲーム趣味が取り入れられ、新たな謎を生み出している。本作は特に、殺人事件の謎とゲームの謎が繋がるまで時間がかかる点において、『将棋殺人事件』との相似を感じた。

また、タイトルにもある黒岩涙香、暗号ミステリー、いろは歌に関する「講義」も多く展開される。これだけ盛りだくさんな内容ながら、読んでいて全く退屈しないのもすごい。

 

実際、僕は黒岩涙香についての知識はあるにはあったが、三原祥子(類子の友人)と同じ程度のものであった。「無惨」という作品で、日本ではじめて探偵小説と呼べるものを書いた……というくらいだ。涙香研究家の麻生が「それを知っていただけで大感激」と言っていることから、涙香の一般的な知名度の低さが伺える。

 

しかし実態を知ってみると、これほどおもしろい人物もなかなかいないのではないだろうか。その武芸百般ならぬ「遊芸百般」っぷりを知れただけでも、本作を読んだ価値があった。竹本氏がテーマにしたのもうなずける。物語は黒岩涙香と暗号ミステリーの話からはじまり、連珠の謎、さらにいろは歌の謎へと次々と連結されていく。その様は、本格ミステリーの導入として圧巻だ。

 

さらに、物語は涙香が残したいろは歌の暗号を中心に進んでいく。その暗号はもちろん解かれることになるのだが……未読の方はぜひとも手に取り、その目で確かめていただきたい。既にさんざん言われているが、傑作であることを保証できる作品である。

 

〇泣きました

そして驚いたのがこの本を閉じた時、僕が思わず涙を流してしまったことである。

ミステリーに限らず、素晴らしい小説を読んだ後には涙が出そうになることはよくあったが、本当にグスグスと泣いたのは生まれて初めてだった。作品そのものは決して「泣ける話」「泣けるミステリー」ではない。読みながら泣いたわけではないのだ。純粋に、暗号や連珠をとことん突き詰めた結果生まれたその美しさに、作家として、本格ミステリー作家としての竹本健治の姿勢に心を奪われ、震わされたのだと思う。

 

特にいろは歌(ひらがなを一文字ずつ、全て用いた詩歌)については、次々に登場する詩歌としての芸術性、言葉遊びとしての面白さ、無限のバリエーションからみられる日本語の可能性にすっかり魅せられてしまった。つまり、自分でも作ってみたいと思ってしまったのである。今までは竹本氏がTwitter(@takemootoo)で発信しているものを「へぇーすげえなぁ」という程度にしか見ていなかったのに……。完全に竹本氏の掌の上ではないか。まあ、解説の恩田陸氏も同じことを書かれていたので、この本はそういう作品なのだろう。

 

〇書きました

そんな感じで潔く踊らされた結果、一時間半ほどかけてできた作品がこちらである。

 

天地を揺らす ピック先

会えぬ間ホーム 屋根ぞ割れ

木の葉現せし 世も更けり

涙に香る 迷路へと

 

てんちをゆらす ひっくさき

あえぬまほーむ やねそわれ

このはうつせし よもふけり

なみたにかおる めいろへと

 

読んでわかる通り、完っ全に『涙香迷宮』を意識した作品だ。(7+5)×4=48字から成るいろはには、通常のあ~んの46字に旧字体の「ゐ・ゑ」を含める旧仮名いろはと、旧字の代わりに「っ・ー」を含めた口語新仮名いろはがあるというが、この歌を作るにあたっては後者を選択した。旧仮名は古文の文法知識が必要となるためハードルがやや高かったのである。

 

だが新仮名いろはも実に難しく、そしておもしろかった。深夜に一時間半夢中で考え続けてなんとか編み出した作品だが、竹本氏でも最初の作品には三時間かかったというので、これでもかなり即興の部類だろう。そのぶん、精錬されていないのはご了承を。

 

詩歌のセンスはないが、いろは作りは本当に楽しかった。完成させられたことに感激して昂ってしまい、しばらく寝付けなかったくらいだ。

竹本氏はIRH48・kiz48なるユニット(?)を組み、積極的に活動されているようなので、また機会があれば詠んでみたいと思っている。

 

 

最後に、『涙香迷宮』は「究極」の名にふさわしい、希少な作品であることをここに記させていただこう。未読の方はぜひ。

 

さあて、次は買っておいてずっと放置してた『トランプ殺人事件』を読むことにしよう。(竹本先生ごめんなさい)