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【ちょっぴりネタバレ】法月綸太郎『名探偵傑作短編集 法月綸太郎編』【書評】

このブログのメインコンテンツとなりつつある本格ミステリー書評のお時間です。

 


今回読んだのはあの「悩める作家」の作品だぜ!!

 


法月綸太郎『名探偵傑作短編集  法月綸太郎

 

名探偵傑作短篇集 法月綸太郎篇 (講談社文庫)
 

 

法月綸太郎法月綸太郎と、法月綸太郎ゲシュタルト法月しそうなので、知らない人のために要約しておくと、「法月綸太郎という推理作家の」「法月綸太郎という同姓同名の名探偵を主人公とした」「『法月綸太郎シリーズ』の傑作選(本人選かは不明)」という作品です。


法月綸太郎といえば、エラリークイーン。エラリークイーンといえば法月綸太郎である。それは、主人公である名探偵の名前が、作者と同姓同名である「法月綸太郎」であったり、彼の探偵業はあくまで副業であり、本業は売れないミステリー作家であったり、父親が警視というコネを活かして調査を行う手法であったり、トリックよりはロジック重視の作風であったり……あらゆる事項から法月氏がクイーンの影響を受けていることがうかがえる。

 


ミステリー評論家としての顔も持つ法月氏が「初期クイーン論」で、クイーンの『ギリシャ棺の謎』『エジプト十字架の謎』『シャム双生児の謎』などの作品群から「探偵がどんなに論理的に推理を働かせたところで、唯一絶対の真相に辿り着くことは不可能である」という「後期クイーン的問題」を提起したことで、業界を騒然とさせたのも有名である。

個人的には、「初期クイーン論」の続編的な立ち位置の「1932年の傑作群をめぐって」で展開された、超(メタ)数学と郵便的脱構築の超絶論理も衝撃的だったため、関連書籍とあわせて触れてみることもおすすめしたい。

 

 


さて、肝心の本の感想である。本書は新本格を牽引した「名探偵」3人に焦点を当て、多くの短編の中から特に人気のある/クオリティの高い作品をまとめた、いわばベスト盤だ。

法月綸太郎以外にも、有栖川有栖の「火村英生シリーズ」、島田荘司の「御手洗潔シリーズ」がそれぞれ刊行されている。

 

 

名探偵傑作短篇集 火村英生篇 (講談社文庫)
 

 

 

名探偵傑作短篇集 御手洗潔篇 (講談社文庫)

名探偵傑作短篇集 御手洗潔篇 (講談社文庫)

 

 

 

御手洗潔シリーズは短編の総数自体が比較的少なく、火村英生シリーズは既に読んでいたものが多かった。対して法月綸太郎は今のところ『7人の名探偵』に収録されたものを除き、短編に触れたことはなかったのである。

 

……まあ、そんな過程はどうでもいいとして、中身に少しだけ触れよう。結果から述べると、「一作毎に作風が変わる作家」らしく、様々な法月綸太郎という作家/探偵の良さが凝縮された、珠玉の短編集であった。

 

◯過ぎにし薔薇は……

地域の図書館を次々周り、なんの関連もない内容の本を3冊ずつ借りていく女。そこに残された栞には意味深なメッセージが…。

何冊もの本のミッシング・リンクは何か?女の行動の意味とは?

 

個人的に一番好きな作品だった。僕が思うに法月作品の一番の魅力は、複雑で細かな点が最後の最後に論理によって一本の線となり、そこに訪れる「一陣の風が通り抜けるような」爽快感である。このタイプの作品としては長編の『生首に聞いてみろ』が挙げられるが、短編かつ「日常の謎」の本作でもその手際はいかんなく発揮されている。

あと図書館司書の沢田穂波さんって初めて知った。けっこうメインの扱いらしい。

 

「これもたとえばの話だがね、もし君がある日突然、失明するとかして、明日から一冊も本が読めない境遇に陥ったとしたら、いったいどうする?」

「絶望のあまり、気が触れてしまうかもしれません」

「沢田君、君は?」

「考えたくもありません。だって、死刑を宣告されるようなものです」

 

こんな友達がほしい。

 

背信の交点(シザーズクロッシング

千葉行き特急「あずさ68号」にて、夫は妻が隣にいながら、服毒自殺した。居合わせた倫太郎は不審に思って調査を開始。そこには鉄道と人間模様の意外な交点が。

 

王道の鉄道ミステリー!と思いきやそこは法月綸太郎。きちんとある種のタネがしかけられているので安心(?)。

鉄道ミステリーを武器にする本格作家はけっこう多いが、法月氏にそのイメージはこれまで皆無だった。お前もか、って感じである。個人的に鉄道ものはほとんど興味がないので、純粋に本格ミステリーとして読んだ。楽しめた。

 

◯世界の神秘を解く男

ラップ現象を引き起こす少女、超心理学の教授と助手、超常現象をカメラに収めようと奮闘するテレビクルー。撮影中に発生した不可解な事故死。これは少女の超能力によるものか?

 

これはね…良かった。雑学とかキャラクターとかオカルトとかユーモアとか、いろんなものが詰め込まれながらも、最後には痛烈な……あとは自分の目でお確かめください。もちろん、一級の本格ミステリーなことは間違いない。

 

◯リターン・ザ・ギフト

失敗した殺人の裏には、それを指示した男の影。その男の部屋には、交換殺人をテーマとしたミステリー作品の数々が。穂波の目撃した怪しい人物は誰か?二転三転と、推理は膨張していく。

 

ある意味で一番法月作品らしく、一番本格ミステリーらしい作品。この作品から法月家で息子と父が延々と議論して真相を導く、テンプレが続く。次々と繰り出される論理のアクロバットに、読んでいて眩暈がする。デビュー作『密閉教室』から繋がる、法月綸太郎のロジックの集大成がこのテンプレだと言っていいだろう。

 

◯都市伝説パズル

「電気をつけなくて命拾いしたな」――巷で囁かれる都市伝説。それを模した殺人事件。ただし、計画性は見えない。容疑者は集まっていた6人の大学生。もしくは、犯人は殺人鬼で、都市伝説は真実だったのか?

 

日本推理作家協会賞の受賞作である本作は、上記の法月ロジックに、都市伝説特有の不気味で不思議な雰囲気が付加され、絶妙な化学反応を起こした傑作である。話自体も短く、スルッと読むことができるのも魅力。これと後期クイーン的問題を組み合わせて論じた文章があるそうな…。

 

◯縊心伝心

不倫相手に「これから首を吊って自殺する」と宣言したOL。駆け付けると、彼女は確かに首を吊って死んでいた。しかし、死因は頭部の打撲。自殺しようとした人物はなぜ殺されたのか?意味のない偽装に、意味はあるのか?謎を解く鍵は……ホットカーペット

 

この本で、現場見取り図が示されている唯一の作品(「背信の交点」にもあるっちゃあるが)。そのわかりやすさとは裏腹に、推理はどんどんと飛躍。思いもよらない終着点が読者を待ち構える。もう論理のアクロバットですらない。論理のマジックである。でも、マジックでもあくまで論理、論理すらもマジックにしてしまうのが法月綸太郎なのだろう。

 

……と、6本の短編を読み終えたのだが、正直言ってちょっと疲れた。読んでみたほうがわかると思うが、とにかく一本一本の密度が非常に高いのだ。そして、登場人物の語り口もなかなかにクセがあり、推理もひねくれた思考が必要とされるものばかりである。

 

だが、そのクセの強さがマニアを惹きつけてやまないのだろう。本格ミステリーとは、本来そういうジャンルなのだ。新本格も30年を越した現在、法月綸太郎が次に見せる顔はどのようなものなのか。楽しみにしたいところであるし、この本は導入編として大変おすすめなので『雪密室』と合わせて読むととてもいい気がする。

 

 

雪密室 (講談社文庫)

雪密室 (講談社文庫)

 

 

 

とかいいつつ、最近湊かなえとかもちょっと気になってるんだよなぁ……。

 

白ゆき姫殺人事件 (集英社文庫)

白ゆき姫殺人事件 (集英社文庫)