ブログ開設のお知らせとお詫び:小栗虫太郎『黒死館殺人事件』
- 作者: ヨッピー
- 出版社/メーカー: 幻冬舎
- 発売日: 2017/09/20
- メディア: Kindle版
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この本は日本ミステリー史における「三大奇書」のひとつとされており、複雑極まる内容と著しい衒学趣味(ペダントリー)による難読っぷりが有名な作品だ。1932年に、雑誌「新青年」で連載されたもので、非職業探偵である法水麟太郎が、天才学者?であった故・降矢木算哲の残した通称・黒死館で起こる連続殺人事件を解決しようとするという、本格としては王道な内容である。
詳しくはこちらにまとめられているので、興味のある人は見てみるといいだろう。
https://matome.naver.jp/odai/2142163715223756101
ちなみに、「三大奇書」の残りふたつは夢野久作『ドグラ・マグラ』(1935)と中井英夫『虚無への供物』(1964)である。『ドグマグ』は幻想性とメタ的ループ構造、『虚無』は最終的に全ての推理が意味をなさなくなる“アンチミステリー”として知られている。突き抜けた読みづらさを持つこの2作だが、僕は高校2年の時、それぞれ2ヶ月くらいかけてなんとか読破したのだ。本格ミステリー読者として自信がついた僕は、残るひとつの牙城である『黒死館殺人事件』を青空文庫で覗いてみたのだ。その冒頭はこんな感じだった。
……………。
何言ってんの?
高校生の僕はそう思った。
そしてそっとページを閉じ、京極夏彦『姑獲鳥の夏』を読み始めた。おもしろかった。
あれから5年。その『姑獲鳥の夏』で卒論を書き終えた僕は、2017年刊行の『【「新青年」版】黒死館殺人事件』を手にしていた。
本格ミステリーをテーマに卒論を書いたこともあり、大学在籍期間で多くの作品に触れることができた。高校2年の時と今とでは、経験値が違う。笠井潔の作品とか難しかったけど意外とすんなり読めたし。
しかも、この【「新青年」版】の目玉は、1000を超える膨大な語注だ。話の本筋とは関係ない専門用語の一つ一つにも、詳細な解説が付けられているのである。少なくともこれで「何を言っているのかぜんぜんわからん」状態は抜け出せるだろう。
時は来た!黒死館が僕を呼んでいる!いざ挑戦!
おお、すごい。本当に細かな語注が付けられている…!内容は難しいけど、なんとなく話の筋はわかる。ただ、解説も難解なのでいちいち全部読んでいたらきりが無い。適度に読み飛ばしていく。
……ん?ちょっとまって。
1ページあたりの注釈が多すぎて、解説が追いついていない!?数えてみると、このページでは16個の注釈が付けられているのに対し、下段の解説は7つ。そのせいで注釈と解説の位置にズレが生じており、一つの解説を見るためにページを1〜2ページめくらなくてはいけないようになってしまっている。なんだこれ。
まあさっきも言った通り、注釈の全てを理解しなくても物語進行に支障はない。あまり気にせず読んで……、読んで………???
どういう状況??
細かく説明されているはずなのに、全く頭に入ってこない。普通、情景描写って細かければ細かいほどわかりやすいものでは……?
突然の図解。
しかも、事件現場の平面図とかじゃなくて宇宙構造の話。熊城捜査局長が「ああまるで狂人になるような話だ」ってフケをボリボリ落としながら言ってるけど、お前それ今に始まったことじゃないからな。
「所で読者諸君は法水の言動が意表を超絶してる点に気附かれるであろう。」
ごめん、全くわからなかった。理解力なくてごめん。
降矢木算哲の蔵書、全部に語注ついてる!!
しかも一冊も知らない。
蔵書リストは巻末にまとまっているようだ。注をつけた山口雄也氏の苦労が伺える。そりゃあ70個の解説をひとつひとつぶち込んだら本が破綻する。注釈に破綻させられる本って何?
とまあ、こんな感じで本筋とは全く別のところで僕の脳のキャパシティは限界を迎えつつあったわけだが、極め付けはこちらである。
注釈に注釈がついている。こんなの初めて見た。
ちょっと待て。これによって三重のメタ構造(本文⇨注釈⇨注釈の注釈)が発生しているではないか。奇書たる所以のペダントリーを解き明かそうとした結果、その奇書っぷりがさらに強調されてしまっているという逆転現象が起こっている……?
僕は本を閉じた。そして図書館に返却した。
所詮ミステリー好きといってもペーペーである。この難攻不落・史上最大の奇書はまだ早かったようだ。
しかし、まだ終わったわけではない。いつか自分でこの本を購入し、どんなに時間をかけても読破するという決意を固めたのであった。
なんだかツッコミどころばかりを書いてしまったような気がするが、この膨大な注釈を付けた山口雄也氏の偉業には心から感服した。それに、「黒死館」の奇書としての本質を、断片的にでも味わうことができたのはとても意義のあることだった。他のミステリーではなかなか見られない徹底した世界観づくりは、挿絵と合わせて不気味な世界に読者を引き込んでくれる。定価は6800円+税とお高めだが、内容の充実っぷりを考えるとむしろ安いくらいだろう。
というわけで、リクエストしたら1ヶ月で入荷してくださった図書館の皆様、結局読破できなくて大変申し訳ありませんでした。いつか他の誰かが読んでくれますように……。
なお、こちらの『【「新青年」版】黒死館殺人事件』は今年の本格ミステリ大賞の評論・研究部門の候補作になっているそうな。ぜひとも受賞して、報われていただきたいものである。
- 作者: 小栗虫太郎,松野一夫,山口雄也,新保博久
- 出版社/メーカー: 作品社
- 発売日: 2017/09/28
- メディア: 単行本
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